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はなまるうどん様、丸亀製麺様はじめ本場讃岐のセルフ式うどん店は全国に拡大し、讃岐うどん店を代表する形態ともなっています。今回はそのセルフうどんの原点をご紹介します。

現在讃岐うどん専門店を開業するにはフルサービス店かセルフサービス店かで迷う人が多いのですが、それらの店舗の役割と実状をしっかりと知る必要があります。

取りあえず今回は、そのセルフ式うどん店がいつ頃から始まり何が原形となったのかなどをお伝えしたいと思います。
讃岐うどん専門店として香川県内での一号店は昭和44年(1969年)丸亀市のバスセンター入り口に開店した「うどんの専門店です四国」という店舗で通称は『四国うどん』と呼ばれていました。

その一号店に続き丸亀市内や隣町の善通寺市内などに次々と開店し、十数店舗あったと思います。経営者の石田様はそれまでの事業を廃業しうどん店経営に乗り出し、みるみる業容を拡大し、大阪や東京に進出するなど『讃岐うどん第一次ブーム』に大きく貢献しました。

現在の会社の詳細は分りませんが現在では「壁の穴」という会社組織でパスタ店等も経営し80店舗ほどあると聞いています。私自身、石田社長様の優れた経営力には感嘆させられたことを鮮明に記憶しています。

当時は香川県に於いて讃岐うどんの専門店は殆ど存在していませんでした。うどん店は沢山あったのですが、殆どは製麺所から配達されるうどんを温めて提供するだけの「うどん食堂」でした。その当時、讃岐には
電信柱より多くのうどん店があると言われていました。事実、現在のうどん店は県内で約650軒ありますが、当時はその5倍の3,000軒あったと言われています。

【当時のうどん専門店】

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香川県では手打ち職人が最高品質のうどんを作る事で『讃岐の手打ちうどん』として全国に知られています。
ところがその四国うどんは、製麺機械を正面に置き出来上がったうどんを茹でて提供する事を全て客に見えるようにしました。そこには手打ち職人の存在はありませんでした。

うどん店に入るとまずうどんを受け取り、客が自分でうどんを温め、自分でダシをかけて食べ、食べ終わると自分で食器を片づけるという全くのセルフ式でした。ダシはブリキの丸いタンクに入れられ、大正カラン
をひねって必要なだけ入れ、薬味はねぎとショウガだけで現在のような天麩羅やむすび、おでんなどはありませんでした。それで一玉20円でした。

手打ち職人の存在が重宝された時代に堂々と機械を見せ、大人気のうどん店として成長させたのですから、異色ともいえるその経営手腕には周囲から高い評価を受けていました。

セルフうどんの原形については次号で詳しく紹介したいと思いますが、セルフサービス式店舗といえば洋食のカフェテリア方式の店舗と同じで、また最近のホテルの朝食もほぼ同じスタイルのセルフ式となり、欲
しいものを自由に自分で選択できる方式は今では主流になっています。

単に人件費の節約だけではなく、自分の食べたいもの、その時の予算、カロリー計算なども自由に設定できるなど客にとっても大変便利な方式であり、讃岐うどんのセルフサービス店も瞬く間に全国に広がりました。

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