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店名も看板も無いうどん店が本場讃岐の人気度NO.1、山の中のうどん店に大行列、田んぼの畔(あぜ)が椅子代わりのうどん店、具材のネギが欲しい人は自分でネギ畑へ取りに行く有名店、支払いもおつりも自分で清算する無愛想な店、3,000人もの行列の出来るうどん店、メニューは生醤油うどんだけでかけ汁もつけ汁も無い人気店、讃岐うどんの大ブームの際はそんな驚くような店舗に話題が集中していました。

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そのような、普通商売として考えると成り立つはずの無い、想像を超えるようなうどん店が讃岐うどんの大ブームをけん引しました。さらに、うどん一杯が80円、100円と驚く程の価格の安さもブームを押し上げました。

ブームというものはそのほとんどが一回で終わるもの。しかし、讃岐うどんはこれまで4回ものブームを起こしました。
全国には、稲庭うどん(秋田県)、水澤うどん(群馬県)、吉田のうどん(山梨県)、伊勢うどん(三重県)など、有名なうどん処が沢山ありますが、なぜ讃岐うどんだけが何回ものブームを起こしたのでしょうか。

その理由の一つは、全国に「脱サラ転業ブーム」が起こった高度経済成長の真っただ中に当たる1970年頃、大阪万博が開催された頃に、讃岐うどんの本場香川県に手打ち職人代用機として『さぬき麺機の製麺機』が登場したことにより、手打ち職人を不要とし、素人でも讃岐うどんが簡単に作れて、その上、専門店経営も可能になった事でうどん店の数が増えたことが上げられると思います。

素人でも讃岐うどん店経営が可能で、さらに開業資金も少なくて済むなど利益率も優れていた事等から、讃岐うどんの第一回目のブームが起こったのです。
さらに、大型の讃岐うどん用製麺機が開発された平成元年頃、加ト吉の冷凍讃岐うどんが大ヒットし、モチモチした粘り強い讃岐うどんの美味しさに日本国民が驚き、その美味しさを知る事となったのです。その冷凍うどんの美味しさは社会現象まで起こしたとも言われるほどの人気でした。
このように、意外にも讃岐うどんが日本中に知れ渡る陰には製麺機の存在があったのです。

実は、その製麺機の誕生には秘話があります。
きっかけは、本場讃岐でうどんの製法の一つの『足踏み』が不衛生であるとされ禁止された事です。これには手打ち職人から猛反対がありました。
足踏みこそ讃岐うどんの命、足踏みをしなければコシは出ない、足踏み禁止は讃岐うどんを殺すも同じ等々、とにかく足踏みの代用として機械を使用するように指導があったにも関わらず、職人の猛反発の影響で製麺機はまったく売れませんでした。

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しかし、香川県と高松保健所はその禁止を徹底し、県条令で正式にうどんの足踏みが禁止となりました。その香川県の英断が今の讃岐うどんの大繁栄につながるとは、手打ち職人からすると皮肉なものだったかもしれません。

■■■嘘のようなホントの話■■■

かくして讃岐うどんは全国にその美味しさが認知され、専門店も拡大し、讃岐うどんの麺製品も全国に販売が拡大していき、4度のブームを起こすなど大発展したのです。

今香川県は「うどん県」としても認知度がさらに高まっており、俳優の要潤が副知事となるなど、あらゆる方面からその繁栄を大きく支えていますが、讃岐うどんの長い歴史の中にはこのように面白い事がいろいろありました。

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