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讃岐うどんがいつ頃から庶民の食べ物として広がりを見せたのかについてですが、やはり小麦粉の存在が最も大きいと思います。前回、伝説として空海が1200年前の奈良時代の終わりに中国から持ち帰り地元の香川にその製法を広めたという事をお知らせしました。

しかし、その頃から小麦粉が大量に出回っていたのかというといささか疑問となります。というのも、当時の小麦粉は臼などで叩き潰して粉にしていましたので、一般的に広く使用されるほどの小麦粉が出回っていたとは考えられません。そこで、日本だけでなく中国や韓国に於いてもある事をきっかけとして麺文化が大きく開けてきました。

要するに大量に小麦粉が出回るようになったのです。それは、今から約500年前(西暦1500年頃)の室町時代にヨーロッパから石臼が伝わり、その石臼により簡単に大量の小麦粉を得る事が出来た事からうどんの生産量も増えたとされています。

中国でも韓国でも日本でも今から約40~50年前頃までは家庭で手打ちによりうどんを作りうどんを食べていました。手打ち職人というより機械も何もない時代、手ゴネで練り、麺棒で薄く延ばして細く切るという作業で麺を作り、適当な具材を用いて食べられていました。要するに家庭料理として、麺を適当に手作りして来たのです。

中国では文化大革命以前は小麦粉が配給の時代でしたので、家庭での麺作りは生活に深く浸透し、多くの麺料理として様々な食べ方をされていました。中国には日本よりはるかに多い麺の種類があり、広い国ですがそれぞれの地方での麺文化がその土地に根付いて今日に受け継がれています。

韓国、北朝鮮も同じで、家庭料理として麺が生活を支えてきました。最も代表的なカルククスという麺は、日本の煮込みうどん、本場讃岐の打ち込みうどんと製法が全く同じで、手打ちで麺を作り、ダシで煮込みます。具材は家庭により適当な素材で食べられています。今では日本も中国も同じですが、家庭で麺を打つ光景は殆ど見られなくなりました。韓国のカルククスは、カルは包丁、ククスは麺という意味で、包丁で切って作る家庭の麺料理という意味です。
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要するに讃岐うどんも元々は家庭料理として今日まで受け継がれてきました。打ち込みうどんとして各家庭でうどんを打ち、味噌味、醤油味、そして具材は野菜と油揚げ、中にはドジョウを入れる地域もありそれぞれの家庭の味を作り出し、深く食生活に係る存在でした。

現在では殆ど姿を消しましたが、今でも年配者やお年寄りの間では打ち込みうどんの話になるとその時代を懐かしむ人が沢山おられます。小麦粉の味と風味が最も生きた大変味のある美味しいうどんが打ち込みうどんです。私はそれを復活させ、その美味しさを後世に引き継ぎたいと努力しています。

そのように家庭料理として受け継がれた讃岐うどんですが、その種類は2種類あります。

打ち込みうどんの場合、生麺をそのままダシで煮込むため塩を殆ど使用しません。塩を入れるとダシが塩辛くなってしまうからです。一般に知られる讃岐うどんは塩を5~6%使用しますが、釜で茹でるため塩は殆ど抜けてしまいます。
そのように讃岐うどんには2種類ある事をお伝えし、その続きは次号で説明を進めます。

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