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これまでは讃岐うどんから蕎麦、ラーメン、ダシ、スープ等について順次現状や問題点などについてご紹介しました。今回からは讃岐うどんについて様々な情報をお届けしたいと思います。

その讃岐うどんはあまりにも知名度が高く、その実態については何とはなく知っているようで知らない人が多いのです。まず、讃岐うどんとは何ですか?という質問に的確に答えられる人が殆どいません。

というのも、讃岐うどんはあまりにも有名でその答えは簡単そうに思えます。しかし、いざ質問されると答えられないのです。

本場讃岐には、今から1200年前に空海が中国から生誕地の香川県にうどんの技術を持ち帰り広めたという伝説があります。
空海は別名弘法大師という名称でも知られ、真言宗の開祖として、また達筆であり土木にも長け日本で最大の満濃池を造築して農業の灌漑事業にも貢献する等、讃岐うどんの本場香川県の出身者としてはもっとも高名な人物です。

その為か香川県には空海にちなんだうどん店が数多く存在します。
空海、くうかい、空海房、遍路、八十八庵(やそば庵)、弘法庵など。そして世界遺産の候補に挙げられ全国から多数の方が四国霊場八十八か所のお寺巡りをしていますがそれも空海にちなんだものであるなど、讃岐うどんと空海はしっかりとした絆で結ばれているように思えます。

まず讃岐(さぬき)とは香川県の江戸時代の地名であり、四国には阿波(徳島県)、土佐(高知県)、伊予(愛媛県)の四県があり香川県は四国の玄関口と言われています。夢の大橋と言われた瀬戸大橋が開通し、四国は三本の橋で本州と陸続きとなりました。

昔から四国に行くには必ず船を利用するしかなく、海の神様であるこんぴら詣りも江戸時代から船を利用していました。
讃岐うどんが全国に知れ渡るようになったのは、こんぴら詣りが盛んになった江戸時代からと言われています。

さぬき絵画のコピー

今から約300年前の金毘羅宮(こんぴらさん)で毎年10月10日に催される大祭の絵図の中に3軒のうどん屋が描かれています。その絵がうどん屋を描いたものでは日本最古のものと言われています。そこには手打ち作業、包丁切り、客を呼び込んでいる姿等が描かれています。

讃岐うどんが全国の人々に知られるようになったのはこのこんぴら詣りに来た人たちが門前町で食べたうどんの美味しさからと言われています。今でも同じですが、旅先で食べる食事は旅の楽しみの一つです。ご馳走が無かった昔の人が食べた讃岐うどんの美味しさは格別のものであったと想像できます。

信州蕎麦、出雲蕎麦、名古屋きしめん、伊勢うどん等はこんぴらさんと共に門前町で食べた麺の美味しさが名物としての地位を築いたものと思います。要するに信仰に起因するのです。

取りあえず今回は、讃岐うどんの原点は空海説が起因しているという伝説、そして全国的にその美味しさが伝わったのは江戸時代から多くの人が訪れたこんぴら詣りにより口込みで広がったものと思われる事をお伝えしました。

次回はもっと詳しく讃岐うどんについてお知らせします。

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